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Detail of the buildings of the Arcades in the centre of BolzanoStatue of Walther von der Vogelweide in Bolzano in its square with flowers aroundColorful buildings in the historic center of BolzanoShops in Streiter Street in Bolzano: a florist and a bistroFlower and vegetable stalls in Piazza Erbe in Bolzano

歴史的な通りと広場

ポルティチ通り Via Portici

中世の商業都市の中心の目抜き通りとして、典型的で伝統的な店からモダンで洗練された店まで軒を連ね、その特徴を現在にも引き継いでいます。建物の正面は異なる建築様式により鮮やかに彩られています。例えば、エルカー(出窓)、漆喰の装飾、パステルカラーの色彩、メルカンティーレの館 palazzo Mercantileのバルコニー、高さも互い違いで装飾も様々なアーケードなど。特に美しいのは、現在、市立古文書館 Archivio Storico Comunaleとなっている旧市庁舎の建物で、美しいフレスコ画が描かれた尖頭アーチがついています。他にも興味深いのは路地です。平行に走っている道をつないでいる路地では、一連の建築様式や本来住居であったものを様々な用途で使っている様子 (商店、倉庫、通廊、工房など) が見られます。

Portici
Portici
Portici
Portici
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ヨーゼフ・シュトライター通り Via Joseph Streiter

詩人で法学者、19世紀後期にボルツァーノの市長でもあったヨーゼフ・シュトライターの名前がつけられています。この通りは、中世の時代、街の北側部分の堀のあった場所です。この通りの入り口は、夏になると、ボルツァーノでは特に魅力的な一角になります。昔、魚屋の陳列台として使われていた大理石のカウンターは、独特なオープンバーに変わり、お店、装飾、飲食店がそれぞれ独特のそして唯一の雰囲気を醸し出します。通りは、中世の特徴を強く残したアーチをくぐりぬけて続いて行きます。Civico 25は旧市庁舎の入り口にあたります。

Via Dr. Streiter
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ボッタイ通り Via Bottai

中心街でも特に特徴的な通りの1つで、軒先に掲げられている美しい鉄細工の看板が多く見られ、数々の宿泊施設やホテルルーナ・モンドシャインのような歴史のあるホテルが並んでいます。通りの北の端には自然科学博物館(「博物館のご案内」を参照ください) があります。この自然科学博物館は、本来、皇帝でありチロル伯爵であったマクシミリアン1世のための行政機関として1512年に建てられたものです。博物館のそばには、「カヴァリーノ・ビアンコCavallino Bianco」や「カ・デ・ベッツィCà de Bezzi」など長年にわたって数々の芸術家に愛された由緒あるレストランがあります。

Via Bottai
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アルジェンティエリ通り Via Argentieri

かつて南の掘があった場所で、ポルティチ通りに平行して走る通りです。メルカンティーレの館にあるメルカンティーレ博物館 Museo Mercantileの入り口が良く見えます。その先に見えるのが、トリオロ邸 Casa Trioloで、小さな角ばった塔があり、正面はフレスコ画で飾られ、ポルティチ通りとつながっています。

Via Argentieri
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ヴァルター広場 Piazza Walther

広場は、街の「上品なサロン」とも呼ばれ、1808年バイエルン王マクシミリアンの意向よって作られた為、最初は王の名前で呼ばれていました。その後、ヨハン広場Johannesplatzとオーストリア帝国のヨハン大公の名が付けられ、1901年に中世で偉大なドイツの吟遊詩人の一人ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ(1170年~1230年)の名で呼ばれるようになりました。アルト・アディジェ県がイタリアに併合されると、広場はヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の名前が付けられ、第2次世界大戦後、再びドイツ人詩人の名で呼ばれるようになりました。現在、広場の中心にはヴァルター像が建っています。ヴァルター像はネオロマネスク様式で、ヴェノスタ渓谷の彫刻家ハインリッヒ・ナッターがラーザの白大理石を彫って作りました(1889年)。1935年、ファシストの勢力がヴァルター像を街外れ(ロッセッゲー公園/マルコーニ通り)に移動させ、1985年に元の場所へ戻されました。

Piazza Walther
Piazza Walther
Piazza Walther
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モストラ通りとモストラ広場 Via Mostra, Piazza della Mostra

魅力的なカンポフランコ邸(ヴァルター広場の角で中庭のある)やメンツ邸があり、かつて一流ホテルで現在は有名な「ツール・カイザークロン Zur Kaiserkron」というレストランがあるポック邸があります。「フィンク Fink」というレストランの下には、昔、刑務所と警備員の宿泊施設がありました。

ガッレリア・セルネージとガッレリア・ヨーロッパ Galleria Sernesi, Galleria Europa

魅力的なショッピングアーケードで、それぞれボルツァーノ自由大学の校舎に繋がっており、ガッレリア・ヨーロッパは、南チロル考古学博物館や市立博物館(修復中)があるムゼオ通りvia Museoにつながっています。

ペーザの小道 Vicolo della Pesa

様々な路地や小路が、ポルティチ通りと平行に走るドットール・シュトライター通り via Dr.Streiterやアルジェンティエリ通り  Via Argentieriを結んでいます。そのうちの1本、ペーザの小道を通れば、昔、農作物を売る市場が出ていたグラーノ広場 Piazza del Granoに行くことが出来ます。この辺りは、ボルツァーノの町を形成する最も古い中核部分で、ここにはトレントの司教のお城(1277年チロルのマイナルド2世によって取り壊された)と、1785年に壊されてしまった聖アンデレ教会 Sant'Andreaが建っていました。広場の北には街の中でも特に色彩に富んだ建物の1つ、ペーザの館(1634年)があり1780年まで公的な計量所が置かれていました。

Vicolo della Pesa
Vicolo della Pesa
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ペーザの館 Casa della Pesa

1634年建設の美しい建物は、1780年まで公的な計量所が置かれていました。その横には、古い壁の一部が残っております。正面には、聖アンデレ教会 Sant'Andera(1785年に取り壊された)の痕跡を残す表札が残っており、その前には、風情のあるグラーノ広場 Piazza del Granoに魅了されることでしょう。かつて、小麦や他の農作物の市場が開かれていたこの広場には、素敵なお店やレストランが立ち並んでいます。ここには、ボルツァーノの町を築いたトレントの司教のお城が存在し、の町を形成する最も古いの中核部分でした。しかし、重要な商業都市を手中に収めようとしたチロルのマイナルド2世が、ボルツァーノを何度か襲撃した際に壊されました。(1277年) 

Casa della Pesa
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エルベ広場 Piazza delle Erbe

色彩豊かで活気に満ちたエルベ広場は、歴史地区の心臓ともいえる広場で、土曜日の午後と日曜祭日を除く毎日、野菜や果物の市場が出ることで有名です。ポルティチ通りの角には、フィエのゲオルグ・マイヤー(1745年)によるブロンズ製の貝で装飾されたネプチューンの噴水があります。このネプチューンの噴水はイタリア国内の美しい噴水百選の一つにも選ばれました。またこの噴水は、ネプチューンが持っている三叉の矛の形から、別名「フォークを持った亭主(Gabelwirt)」とも呼ばれています。ムゼオ通りと交わる広場の角には、正面がネオゴシック建築の建物があります。そこには1783年から1790年の間、ゲーテ、ヘルダー、皇帝ヨーゼフ2世などが訪れた古いホテル「アル・ソーレ」の表札が残っています。

Piazza delle Erbe
Piazza delle Erbe
Piazza delle Erbe
Piazza delle Erbe
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市庁舎広場 Piazza Municipio

広場の南側は、美しい市庁舎の建物(1907年築ネオバロック様式、会議室には興味深いフレスコ画が描かれている)、東側にはアモン邸(正面はロココ調の漆喰の装飾を施し、建物の残りの部分にはフレスコ画の装飾)があります。ポルティチ通りはここから始まり、よくイベントの会場となっています。

駅前広場 Piazza Stazione

ヴェローナ~ボルツァーノ間の鉄道は、19世紀の半ば頃に完成しました。鉄道駅は1928年に遡り、アンジェロ・マッツォーニの設計でフランツ・アーレンホォファーの電気、蒸気、川の寓意の彫刻と共に建設されました。駅前にある蛙の噴水は、第2次世界大戦中爆撃を受けたため、1930年に作成されたオリジナルを再建したものです。